僕たちは面倒なゲームが好き

簡単すぎるゲームはクソゲー?

「クソゲー」という言葉があります。ものすごくつまらなかったり、システムが破綻していたり、内容のひどいゲームのことを指します。ただ、どのゲームをクソゲーと感じるかは個人差があるところです。

僕が「おや?」と思うのは、簡単すぎるゲームが「クソゲー」と呼ばれるときです。「宿題が少ない」「掃除をしなくていい」など、現実の世界では面倒ごとが減ると喜びますよね。なのに、ゲームとなると簡単すぎは嫌だと言う。どうして?

おそろしく壮大でおそろしく面倒な冒険

そもそもゲームとは、進んで面倒なことをやる遊びとも言えます。たとえば、僕の大好きな超有名RPG『ドラゴンクエスト』。スタート時、勇者はレベル1です。最弱モンスターのスライムにさえ、集団で来られたら殺されかねません。

それなのに、王様から「魔王を倒してこい」と理不尽な命令をされる。魔王は人智を越えた恐るべき存在で、強力な部下を大勢従えています。なのに、棒切れに毛が生えた武器を勇者にプレゼントし、あとは知らん顔の王様。

勇者は何もしゃべれないので断ることができません。現実社会なら超ブラック企業です。城から出てきた勇者はすでに円形脱毛症です。労災です。

つまり、ゲームを購入した瞬間、おそろしく壮大で面倒な冒険が待ち構えているのです。明日は会社だ、学校だ、とただでさえ忙しいのに、どうしてこんな面倒なことをやりたがるのか。しかも、ゲームによっては難易度を変えられるものもあります。僕もわざわざ「ハードモード」に変更して遊びますが、これなんて「先生、宿題を増やしてください」と言っているようなものですよね。

現実もロールプレイングゲーム

こうしてみると、人は充実感を得るためにストレスを自分に与えたがる生き物のように思えてきます。現実では自分の体力・精神力が消耗しますから、大抵の人はストレスを嫌います。しかし、自分の分身がダメージを受けてくれるゲーム世界では、トラブルが大きいほど面白いと感じるのです。最初からレベル99のゲームなんて誰もやりたがりません。

コロナが世界をむしばむ今日、日々の生活をハードモードと感じる人も多いと思います。先のことは誰にも分かりません。僕自身、明るい未来を想像することができずにいます。でも、こんなとき僕は「ちょっと難しいゲームをやっているんだ」と思うようにしています。

選択できるコマンドはひとつじゃありません。「たたかう」もあれば、「にげる」もある。到底勝ち目のない強敵に遭遇したら「にげる」。時が来れば道が開けることもあります。そして、旅をともにする仲間は必ずいます。「いのちをだいじに」一緒に生きていきましょう。僕たちは案外、面倒なゲームが好きなのですから。

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